最近の刑事再審の動き
川崎 英明
 この3月末、刑事再審の大きな動きがあった。3月25日に、仙台地裁が北陵クリニック事件の再審請求を斥けたが、27日には、静岡地裁が袴田事件の第2次再審請求につき再審開始を決定した。そして、3月31日には、飯塚事件につき福岡地裁が再審請求を斥けた。
 マスコミが大きく報じたのは袴田事件の再審開始決定であった。死刑事件の再審開始決定であり、かつ、確定判決で再審請求人の袴田さんの着衣であり犯行着衣とされた5点の衣類が、新証拠のDNA鑑定等により袴田さんの着衣でも犯行着衣でもないとされ、警察によるねつ造の疑いまで明言したことが注目された。開始決定の判断内容を見ると、限定付き再評価説的な2段階の説示ではあるが、旧証拠の全面的再評価に踏み込み、旧証拠自体も着衣への疑念を生じさせるとも説示しており、白鳥・財田川決定の総合評価の観点から見て高く評価できる内容である(もっとも証拠構造分析には私見と異なる点がある)。袴田事件は、死刑事件の再審開始決定としては6件目だが、これまでは、死刑執行(絞首)は停止するが、死刑執行のための拘置を解くことはなかった。しかし、袴田事件では、裁判所は、再審開始決定に伴う刑の執行停止決定で拘置をも解いたのであり、これも注目すべき点である。
 ところが、再審開始決定に対する検察官の不服申立(即時抗告)により、決着は先送りされた。かつて、死刑事件の5件目の再審開始決定であった名張事件(第7次再審請求)で、名古屋高裁の再審開始決定が検察官の不服申立により異議審で破棄されたことがあった。それだけに、今回の再審開始決定について、それが名張事件・再審開始決定と同様の運命を辿らぬよう、今後の事態の推移を注視しなければならないと思う。従来から、再審開始決定に対する検察官の即時抗告に対しては、憲法39条の二重の危険の禁止原則と利益再審制度の趣旨に照らして憲法的疑義が出されていたが、本件は、改めて、誤判救済を遅れさせるだけの検察官の即時抗告の廃止という立法課題を投げかけている。再審開始決定を受けてなすべきことは早期に再審公判を開いて無辜を救済することであり、同時に、捜査機関の証拠改ざんや違法取調べを抑止する手段(可視化等)を早期に実現することである。袴田事件でも、虚偽自白を生み出す取調べが行われたことを忘れてはならない。
 
 これに対して、北陵クリニック事件と飯塚事件の方は、再審請求棄却の結論だったためか、報道は少なかった。しかし、この二つの事件も、袴田事件に劣らず確定判決の有罪認定には疑問があった。
 飯塚事件では、被害者遺体付着血痕は16-26型で被告人(再審請求人)と一致するとする旧DNA型鑑定に対して、請求人のDNA型は18-30型だとする新DNA型鑑定が新証拠として提出された。旧DNA型鑑定は足利事件でその信用性が否定された科警研の欠陥DNA型鑑定(MCT118型DNA鑑定)であり、裁判所も新DNA型鑑定により旧DNA型鑑定の証明力が減殺されたことまでは認めた。しかし、裁判所は、遺体付着血痕は残っておらず、その点で真犯人のDNA型が確認できた足利事件とは違うとし、また18-30型は旧DNA型鑑定の16-26型と対応するから、旧DNA型鑑定を「単純に・・有罪認定の証拠とすることができない状況」が生じたに止まるとした。目撃供述に関する新証拠(心理学鑑定)もあったが、裁判所はその価値を認めなかった。その上で、新旧証拠の総合評価を行い、旧DNA型鑑定の証拠価値は減殺されたが、それ以外の情況証拠群により確定判決の有罪認定は維持できると結論したのである。
 最近の再審実務では、まず新証拠の証拠価値を検討するという第1の壁を設定し、新証拠が対応する旧証拠を排撃したときに初めて、次に新旧全証拠の総合評価に入って合理的疑いの有無を判定する手法がとられている。この第1の壁は刑事訴訟法が予定していない壁であり、このような壁を設定する発想こそ限定付き再評価の発想であり、再審の誤判救済の理念にそぐわない不当な手法である。飯塚事件でも、この手法が取られており、限定付き再評価の手法が再審開始の阻害要因となっている。とはいえ、裁判所は、科警研の欠陥DNA型鑑定を弾劾する新DNA型鑑定の証拠価値はさすがに否定できず、新旧全証拠の総合評価に踏み込みんだが、結局は、証明力が落ちた旧DNA型鑑定以外の他の5個の情況証拠群で有罪認定は維持できるとした。しかし、旧DNA型鑑定は情況証拠群の中で目撃供述と並ぶ有罪認定の支柱だったのであり、それが欠ければ、有罪認定を維持することはできないはずである。裁判所は、確定判決の有罪認定の2本柱の1本の旧DNA型鑑定の有罪推認力が減殺されたときに、他の情況証拠群のみで有罪認定を維持したのであり、他の情況証拠群の証拠価値をかさ上げしたというべきではなかろうか(このかさ上げ評価は、情況証拠による事実認定の在り方に関する最高裁判例(最判平成22年4月27日刑集64巻3号233頁)に照らし疑問が残る)。そうだとすれば、かつて尾田事件・最高裁決定(最決平成10年10月27日刑集52巻7号151頁)に見られた総合評価の逆転と同様の事態が生じていることになる。
 飯塚事件では再審請求中に死刑が執行されてしまった。今回の棄却決定は、無辜に死刑を執行するという不正義、過誤を日本の司法は犯してはいない、ということを示したことになる。しかし、本当にそうなのか、今回の棄却決定に対して、そういう疑念が払拭できないでいる。
 
 北陵クリニック事件では、再審請求人は事件性を否定し、筋弛緩剤が犯行に使用されたとする旧鑑定を弾劾し、被害者の死因や急変症状を病変によるものとする新鑑定を新証拠として提出した。ここに、北陵クリニック事件の再審請求の特徴がある。従来の再審請求事件の多くは、犯人性の認定の誤りを主張するものであった(本件でも犯人性の認定にも疑問が残る)。
 裁判所は、新証拠がそれと直接的に対応する旧有罪証拠の証拠価値を排撃しえていないとし、再審の第1の壁を超えていないとして棄却の結論をとった。裁判所は、新鑑定について、鑑定の代替性故に、「新たな鑑定方法あるいは新たな経験則」または「新たな基礎資料」に基づくものでなければ新規性は認められないとした。しかし、鑑定は、その専門性と代替性故に、鑑定人が異なれば専門的知見は異なり、結論も左右されるから、再審要件の新規性を認めるべきである。新規性とは事情変更の要件であり、証拠価値は無関係なのである。今回の棄却決定の新規性判断は狭きに過ぎる。それは新規性の側面で再審の新たな壁を設けることであり、限定付き再評価の思想に立つ明白性の判断手法をも考慮すると、この棄却決定には確定判決を維持しようとする姿勢が強い。請求棄却の結論にはなお疑問が残るのである。また、本件では、旧鑑定で鑑定資料が全量消費されており、生物学的資料が重要な事件で、全量消費が再審請求の阻害要因となっていることにも目を向けなければならない。
 
 袴田事件、飯塚事件、そして北陵クリニック事件と、それぞれに確定有罪判決には固有の証拠構造があり、再審請求人の主張や新証拠も異なる。その相違故に結論が分かれ、判断内容に相違が生じたと言えなくもない。しかし、これらの事件には共通性も見てとれる。第一は、再審請求の可否の判断をするとき、証拠構造分析から出発していることである。再審は、確定有罪判決の事実認定の誤判性を明らかにして救済する制度だから、再審請求において、確定判決の証拠構造分析は不可欠である。証拠構造分析の如何は再審請求の結論を左右する。その意味で、裁判所の証拠構造分析の是非について徹底した検証が必要である。第二は、明白性の判断方法について、限定付き再評価説的な2段階の判断手法が採用されていることである。しかし、このような2段階の判断手法には再審制度の趣旨に照らし重大な理論的疑問がある。袴田事件の再審請求審裁判所は、捜査機関の証拠ねつ造にまで踏み込んだが、誤判救済の姿勢を持たない裁判所が判断するとき、2段階の判断手法は容易に請求棄却の結論を導く方便となる。のみならず、限定付き再評価の手法は、再審における証拠開示を限定する論理となりうることをも見据えておかなければならない。
 

 
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