内閣提出の「国際平和支援法案」と「平和安全法制整備法案」に対する意見―慎重審議の要望(陳情)
平成27年9月15日
参議院議長山崎正昭殿
職業裁判官経験者(別紙75名)
代表
守 屋 克 彦
鈴 木 經 夫
北 澤 貞 男
 私たちは、いずれも、日本国憲法下で裁判官に任命され、裁判官の職務を行った経験を有する者です。
 現在、参議院で、内閣提出の「国際平和支援法案」と自衛隊法など既存の10法を一括して改正する「平和安全法制整備法案」が審議中です。
 今日、この法案をめぐって、国論は二分され、憲法研究者の圧倒的多数が法案の違憲を主張し、過去に内閣法制局長官や最高裁判所長官の地位にあった人までが、違憲の趣旨を鮮明に述べています。また、市民の間でも、老若男女を問わず、思想信条の相違や政党・労組の区別なく、多数参加する集会が連日・随所で開かれ、安保関連法案の廃案を主張しております。このように、市民の多数が、自らの意見を国政に反映させたいという広範な運動は、この国の歴史においてもきわめて稀なものと言えます。
 それほどに、今回の法案は、私たちが愛しているこの国の威厳と信望、国民が支えとする価値を傷つけようとするものです。
 わが国がポツダム宣言を受諾して70年、日本国憲法を公布して69年が経過しました。廃墟の中から奇跡の回復を成し遂げるについての精神的な支柱は、日本国憲法の国民主権、基本的人権の尊重、平和主義という基本原理でありました。特に平和主義は、第二次世界大戦の反省から、国際協調主義に立ち、第9条において、戦争と武力の行使の放棄、戦力の不保持そして交戦権の否定を規定したもので、まさしく世界の範となるに値するものでありました。
 人類が、いまだ戦争という流血の惨事を乗り越えられないこの時代にあって、日本国憲法が示した戦争放棄の理想は、世界を導く灯台の光にもたとえられるものであり、これをわが国に定着させることが、国民的な願いでもありました。
 私たちも、裁判官として憲法99条によって課せられた「憲法を尊重し擁護する義務」を自覚し、憲法が予定している司法の使命を果たさなければならないと考えて、裁判官の職責を果たしてきました。
 しかし、昨年7月1日の「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」と題する閣議決定、本年4月27日の日米両政府合意の「新たな日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)」を経て、本年5月14日に「国際平和支援法案」と「平和安全法制整備法案」が国会に提出されました。
 この閣議決定は、集団的自衛権の行使に道を開いたものであり、二つの法案は集団的自衛権行使の要件と手続、方法等を立法化しようとするものです。集団的「自衛」権といいながら、その概念が日本国憲法の基本理念に違背することは、歴代の内閣も、当然の前提としていたところであり、今回の閣議決定が解釈改憲であり、改正法案が違憲であると言われるゆえんであります。
 内容の詳細をここで述べる余裕はありませんが、政府・与党は、このような立憲主義に反する解釈、違憲の立法を強引に推し進め、今月17日にも参議院で議決をはかろうとしているようです。
 このような立憲主義や法の支配という民主主義の根本原則に違背する政府・与党の行動に対して、裁判官経験者の中から、山口繁元最高裁判所長官、那須公平、浜田邦夫元最高裁判事などが、違憲を理由に反対意見を明確にしています。司法界から、このような発言は、これまでのこの国の歴史に稀有のことであります。
 しかし、裁判官の職に在った私たちとしては、これらの発言者の意見が、単なる個人的な政治的意見ではなく、法律を司ってきた者として、自ら遵守し、かつ人にも伝えようとしてきた、立憲主義、法の支配という民主主義の根源的な価値に忠実であろうとするためにとられた、やむにやまれぬ行動であり、発言であったと共感し、強く支持するものです。
 事態が非常に切迫しているおりから、このような観点を共通にする裁判官経験者の賛同を急ぎ集めて、この法案の強行採決を避け、廃案をも視野に入れた慎重な審議を行うことを要望するために、この意見書を作成する次第です。

以上
 

 
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