第4回講演会(2016年12月18日)
『改正』刑訴法とえん罪 ― 第1部 司法取引 ―
目次
報告「日本型司法取引とは何か」
報告「美濃加茂市長事件 ―控訴審『逆転有罪』不当判決の検討―」
パネルディスカッション
 
報告「日本型司法取引とは何か」

後藤 昭氏(青山学院大学教授、当NPO法人理事)
  1.はじめに
2.協議・合意制度とは?
3.日本型司法取引の典型例
4.適用対象の事件
5.特定犯罪の性質
6.当事者が約束できる内容
7.協議の方法
8.取引供述・証言が真実である保証
9.刑事免責制度
10.立法に至る議論の経過
11.「検察の在り方検討会議」から「法制審議会特別部会」へ
12.なぜ、いま司法取引の立法ができたのか?

1.はじめに

 

 今日は大勢お集まりいただき、ありがとうございます。これから私がお話しするテーマは、今年(2016年)の刑事訴訟法(刑訴法)改正で設けられた、いわゆる日本型司法取引がどういうものか、です。
 まず、今回刑事訴訟法に入った協議・合意制度と呼ばれるものはどんなものかを、かいつまんでお話しします。それから、この案をつくったのは、主として法制審議会の特別部会、新時代の刑事司法制度特別部会という場でした。そこでの議論に私も参加しましたので、その経過がどういうものだったかを、要約してお話しします。その上で、協議・合意制度といわれているもの、つまり司法取引が、なぜいま日本の刑事訴訟法に取り込まれたのかについて、私の見方を少しお話ししたいと思います。

2.協議・合意制度とは?

 まず、協議・合意制度(司法取引制度)がどのようなものか、専門の方々はよくご存じだと思いますが、簡単におさらいします。各社の六法の最新版ではすでに新しい条文を取り込んでいるので、それをご覧いただければと思います。刑事訴訟法350条の2以下に、新しい章でこの制度が入っています。そのために、即決裁判の条文番号がすべて後ろにずれた形になるのでご注意ください。
 章のタイトルは、「証拠収集等への協力及び訴追に関する合意」です。わかりやすくいうと、いわゆる司法取引の一種で捜査・訴追協力型といわれている司法取引の一形態です。それと並んで自己負罪型の取引があるといわれています。これは典型的にアメリカで行われているように、「罪を認めるから軽い罪にしてくれ、刑はこれぐらいにしてくれ」というような取引です。これはもっぱら自分の罪を認めるので、自己負罪型と呼ばれます。
 捜査・訴追協力型は、むしろ他人を処罰するために協力する、その引き換えに、自分の処分を軽くしてもらうものです。つまり、他人の犯罪の摘発に協力することと引き換えに、自分の罪については有利な扱いをしてもらう。これが捜査・訴追協力型の司法取引と呼ばれるもので、今回刑事訴訟法に入った制度はこのタイプです。

3.日本型司法取引の典型例

 典型的なイメージは、次のようなものです。例えば公務員に賄賂を贈ったのではないかという嫌疑を受けた被疑者が、「確かに公務員に贈りました、渡しました」ということを捜査官に供述して、法廷でも真実を証言することを約束します。それに対して検察官は、「では、あなたに対しては軽い刑しか求めない」。いわゆる求刑を軽くする、こういう合意をします。別の例では、振り込め詐欺の出し子、つまり引き下ろす役の人がいたとします。その人が犯行の首謀者であるYのことを捜査官に供述して、「証言をします」と約束し、検察官は「その代わり、君は起訴猶予で済ませてあげる」と約束する。このようなものが典型的なイメージです。

4.適用対象の事件

 制度の適用対象は、罪名で限定されています。まず、被疑者または被告人]が立証に協力する事件、これはターゲットになるので「標的事件」と呼ぶのがわかりやすいでしょう。これが条文で「他人の刑事事件」というものです。それから、合意に従って被疑者・被告人に有利に処理される事件、つまり]自身の事件、これは「合意事件」と呼ぶとわかりやすいでしょう。

5.特定犯罪の性質

 新しい条文では標的事件も合意事件も、共に「特定犯罪」という一定の罪名のリストに載っているものでなければいけません。これによって、制度の適用対象事件が限定されています。詳しくは条文をご覧ください。刑法犯では文書偽造、贈収賄、詐欺、恐喝といったものが入っています。特別法犯はいろいろあり、組織的詐欺、いわゆるマネーロンダリング、脱税、独禁法違反、それから薬物犯はだいたい入っています。麻薬特例法、武器等製造法も入っています。あと、政令でいくつか加えられることになっています。その有力候補としては、例えば不正競争防止法の中の外国公務員に対する贈賄の罪のようなものが入るのではないかと予想されています。
 そのようにして見ると、ここに入っている特定犯罪はホワイトカラー的犯罪や知能犯といわれる類型、それと組織的犯罪と呼ばれるものが選ばれていることがわかります。それに対して身体、生命を犯すような傷害、殺人、財産犯でも強盗などは入っていません。それから、刑が非常に重い、死刑、無期刑に当たるような罪も除かれていて、これは適用対象にはなりません。

6.当事者が約束できる内容

 当事者が約束できる内容は条文に列挙されていて、何でも約束できるわけではありません。まず、被疑者・被告人が約束できるのは、標的事件についての真実を捜査官に対して供述する、あるいは法廷で証言することです。これは、先ほどの例からわかるとおり、典型的には共犯者供述をすることを意味します。「○○と一緒にやりました」「○○に言われてこういうことをやりました」と証言します、それを約束するということは、自己負罪拒否特権、つまり自分に不利益なことは証言しなくてもよいという証言拒絶権(刑訴法146条)を行使しないことを約束する意味を含んでいます。そのほかに証拠を提出するなど、証拠収集に協力することも約束できる内容です。
 それに対して、検察官の側は、合意事件を不起訴にする、つまり起訴猶予にすることを約束する。また、すでに起訴していても、公訴を取り消す約束もできます。それから、軽い罪名に限定して起訴する。軽い刑を求刑する、例えば執行猶予付きの刑を求刑する。このような約束をすることができます。

7.協議の方法

 協議の方法は、弁護人が必ず関与しなければいけないことになっています。これは国会での審議の過程の修正でも、より徹底された部分です。弁護人が立ち会わないところで、検察官と被疑者・被告人の直接の取引はできません。
 警察官の関与は、議論の過程で曲折があった部分です。普通の事件は警察が捜査して、それを検察官に送っている。そういう事件では、協議をするに当たり、検察官が警察と先に協議することが要求されています。それから、法律は、検察官から協議に関して一定の行為を警察官に委ねることを認めています。ですから、検察官が決めた条件の範囲内で、警察官が被疑者と交渉することがあり得ます。ただ、これは弁護人が立ち会わなければできないので、弁護人が交渉をさせない気になれば、交渉はできないと思います。
 合意内容は必ず書面で、いわば契約書のように書かないといけないことになっています。合意事件でも標的事件でも、検察官はその書面を必ず法廷に出さなければいけません。少なくとも法律上は、ひそかに取引をすることは許されない形になっています。

8.取引供述・証言が真実である保証

 これは国会での審議で非常に問題になった点です。取引によって行った供述や証言が信用できるのか、という問題は非常に大きいです。それが真実だという保証として、条文が用意している一つは、自分を有利にするために虚偽の供述をする罪です。これは新しい罪として刑事訴訟法の中に入りました。この場合は宣誓していなくても罪になります。もちろん、法廷で偽証した場合は、偽証罪になります。
 国会での審議では、協議の過程に合意事件の弁護人が必ず関与するので、それが供述の信頼性への担保になるようなことが言われました。しかし、私はその議論についてはあまり信用していません。というのは、この場合の弁護人は、合意事件の被疑者・被告人の弁護人ですから、合意事件の被疑者・被告人の利益のために活動するのが依頼者に対する義務です。弁護人は、自分の依頼者の言っていることが本当であることを保証できるような立場にはないと、私は思います。この辺は後で、弁護士倫理の問題として議論があるかもしれません。
 そのほかに議論の過程では、補強法則を採用するべきだという議論もありました。つまり、被告人が犯罪に関与したことについて、共犯者供述以外の証拠も合わせなければ認定できないという条文を設けることです。これは私が議論の過程で提案しました。しかし、ほとんど賛成者がなく、却下されて入っていません。
 というわけで、取引的な供述や証言の信頼性はどうやって担保できるのかというと、結局、検察官あるいは標的事件の弁護人、つまり証言されるほうの被告人の弁護人、あるいは裁判官が、これを見抜けるかどうかにかかっているのが実情だと思います。

9.刑事免責制度

 刑事免責制度についても簡単に触れておきます。条文は刑訴法157条の2と3です。免責が先に入って、証人の遮へいなどの規定条文番号が後ろにずれるのでご注意ください。これは証言と、その証言から派生した証拠を、証人自身に対する不利益証拠として使わない、という条件で証言を強制する制度です。要するに、供述者に対する証拠として使わないことにすれば不利益な供述ではなくなるので、それを強制しても憲法違反にはならない、憲法38条1項の保障を害することにはならない、という理論に基づいてつくられている制度です。
 協議・合意制度と共通しているのは、主として共犯者供述を得るための手段である点です。ただ、違う点が、少なくとも制度の建前上はいくつかあります。
 一つは、免責は別に合意によるものではありません。証人になる人にとっては、むしろ一方的に証言を命じられる形になります。したがって、その同意は不要です。その効果は、自己負罪拒否特権を消滅させることです。協議・合意制度の場合は、約束しても憲法上の権利がそれでなくなるわけではありません。一方、刑事免責は憲法上の権利が消滅します。権利保護の必要がないとみなされるからです。それから、刑事免責には適用罪種の制限はなく、どんな事件にも使える条文になっています。

10.立法に至る議論の経過

 今回の刑訴法改正の立法の経緯の議論に簡単に触れます。最初のきっかけは、2010年に村木厚子さんが起訴された郵便不正事件の無罪判決と検察官による証拠改ざんの発覚でした。それを受け、検察の在り方検討会議が設けられ、郷原信郎先生も私もそこに加わりました。そこで議論して、もっと全面的な改革構想が必要であるという意見が出て、法制審議会の特別部会ができました。ここで2014年まで3年をかけて議論して、2015年に国会に法案が出て、2016年に成立しました。

11.「検察の在り方検討会議」から「法制審議会特別部会」へ

 検察の在り方検討会議の議論では、司法取引について断片的に言及されただけで、本格的な議論はありませんでした。ただ、取調べの可視化を含む包括的な新しい刑訴法の構想が必要だという意見があって、それが後の法制審議会の特別部会につながるわけです。そういう意見は、司法取引や刑事免責を取り入れようという含意を、すでにその段階で持っていたと思います。ですから、特別部会でも、それらが検討項目になることは、ある程度既定の事実だったと思います。
 特別部会での議論の経過を振り返えるために、改めて議事録を見直してみました。そうすると、司法取引は主要な対立点ではなかったと思います。まず、検察官たちは「司法取引の制度を入れてくれ」と、かなり強く要求しました。村木厚子さんのように法律家ではない有識者委員たちは、「それは取り入れたほうがいい」という積極的な意見でした。村木さんや松木和道さんという企業の経営に関わっている方たちが、早い時期から司法取引の導入に積極的な意見を述べられていました。また、犯罪被害者団体の代表の方も、「罪種を限定すれば、入れたほうがよいのではないか」という意見でした。弁護士会代表も研究者たちも反対はしていません。
 反対したのは、警察組織の代表者でした。彼らは、最初は反対しました。警察庁暴力団対策課長(当時)の露木康浩幹事は、ゴネ得の危険があるということで、消極意見を述べられています。のちに警察庁刑事企画課長(当時)の島根悟幹事も、同じように消極的に述べられています。
 細かいしくみを議論する作業分科会の中でも、警察から来ている露木幹事は、捜査への弊害が大きいということで反対意見を述べられました。第20回の部会では、当時警察庁刑事局長だった高綱直良さんが、警察捜査に支障が出る、制度が悪用される可能性がある、それから引っ張り込みの危険、つまり無関係の人を引っ張り込んで有罪にしてしまうおそれがある、このような理由で、協議・合意制度に反対の意見を述べています。
 なお、この段階では自己負罪型の取引は捨てられて、いまのような捜査・訴追協力型だけが残っています。要するに、この段階まで、ずっと警察組織の代表は反対ないし消極意見だったわけです。それが変わるきっかけは、大詰めに近い第25回の部会で、元検事総長の但木敬一さんが「第1次捜査機関が関与できるような工夫が必要だ」と言われ、露木幹事が「そのとおりだ」と同調した場面でした。
 その後、第28回の部会に出てきた事務当局試案の改訂版で、初めて罪種の限定、先ほど言った特定犯罪と呼ばれる適用罪種の限定と、警察が捜査して送致した事件については、検察官が警察と事前に協議すること、協議において、一部を司法警察員にさせることができるという構想が、提示されています。それを受けて当時警視庁の副総監だった種谷良二さんが、「警察が当事者的な立場で関与することが制度上、担保されているので、これは良い制度だ」と意見を述べました。
 では、引っ張り込みの危険はどうなったのかと、皮肉にも聞きたくなります。要するに警察の組織は、自分たちが協議・合意に参加できる制度を獲得したことで賛成に回ったという経過が、非常にわかりやすいと思います。国会の審議では、協議・合意制度はかなり議論になりました。そこでは、これが冤罪の原因になるおそれが議論され、一部修正された上で可決されました。

12.なぜ、いま司法取引の立法ができたのか?

 経過を振り返ってみて、なぜ、いまこういう立法ができたのかを考えてみます。もともと日本の刑事司法には取引がないという建前があり、むしろそれを誇りにしていたわけです。「アメリカのような取引でやっている刑事司法はいいかげんだ。自分たちはそんなことはしない」。そういう誇りのようなものが、日本の実務にはあったと思います。しかし、今回の刑訴法改正によって、それは大きく変わりました。なぜ、そうなったのでしょうか。
 一つのきっかけは、議論の経過からも明らかだと思います。取調べの可視化により、犯罪の立証が難しくなるのではないか、というおそれが捜査官の間にとても強い。その心配がどれぐらい現実的かという評価は別として、ともかく捜査官はそういう心配をします。ですから、取調べに代わる供述を獲得するための手段が欲しいという要求が、司法取引にしても、刑事免責にしても、これを設けたいという動議になったと思います。それから一般的に、特に暴力団関係の犯罪についての対策を強化してほしいという意見はかなりありました。それも要因の一つだといえます。
 それに加えて、刑事司法でも費用対効果の関係で、何が合理的かと考える功利主義的な発想が共有されたことが影響していると思います。これはあからさまには言われませんが、弁護士たちには自分が弁護する依頼者のためにも、ある種の武器としてこれが使えるのではないかという意識もあったと考えられます。
 また、刑事裁判の思想として当事者主義の発想が強くなり、当事者が主体的に事件処理を決めてよい、という意識が強くなったことが、もう一つの背景ではないでしょうか。
 さらに、建前で取引はいけないといってみても、実際には必ず起きるだろうという、いわば冷めた認識もありました。そうであれば、むしろ公然化して規制するほうが良いという見方がかなり共有されたという要因もあったでしょう。
 総じていうと、ある種、打算的な手法と考え方を刑事司法に取り入れた。それを立法者が、堂々と認めたことが非常に特徴的です。同時に、被疑者・被告人という当事者自身も、打算的に行動することが前提になって、こういう制度ができている。そういう当事者像を立法者が受け入れたところに、歴史的な意味があると私は思います。
 この新しい制度をどう評価すべきでしょうか。協議・合意制度を取り入れるのは、合理主義的な考え方で現代にマッチしていると考えるのか、それとも司法にとっては理念の放棄だと評価するのか。皆さまそれぞれのご意見があると思います。後の議論の中でご意見を聞かせていただければありがたいです。

 
報告「美濃加茂市長事件 ―控訴審『逆転有罪』不当判決の検討―」
パネルディスカッション

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