1. 嘘の「自白」はどのように引き出されたのか
村井:桜井さん、守屋賞受賞おめでとう
ございます。
桜井:ありがとうございます。
村井:早速ですが、桜井さんにお聞きしたいのは、逮捕から自白までの経緯ですね。「1967年10月10日、夜風に金木犀は香って、初めての手錠は冷たかった(『壁のうた』の「記念日」より)」これは、1967年10月10日に逮捕されたということですか。
桜井:そうですね。事件は1967年8月30日と言われています。
村井:その約2か月後に逮捕されたわけですね。そのときはどう思いましたか。最初は窃盗の別件逮捕だったと思うのですが。
桜井:それなりに悪いこともしてましたから、過去を清算してやり直そうかなという気になりました。盗みというのは、同級生のところで借りたズボンを、返さずに質入れしてしまった事件で、実は柏市の同級生のところへ行ったときに、杉山にビール瓶で殴られてズボンが血だらけになったので、手近にあったズボンとベルトを拝借して穿きかえたんです。
村井:若気の至りと言いますか、杉山さんは暴力行為で捕まって、桜井さんは窃盗で逮捕されたわけですね。いつ強盗殺人の容疑で取調べを受けて、どのような内容でしたか。
桜井:逮捕後すぐにです。尋問したのは捜査一課の早瀬四郎という警部補で、何件泥棒しましたかなど、自分は聞かれるごとに全てを答えて、あとはアリバイの証言とその追及だけでしたね。
村井:そうすると、肝心のズボンとベルトの窃盗について詳しく聞かれなかったんですか。
桜井:ズボンのことなどが詳しく聞かれることはありませんでした。
村井:詩集にも出てくるのですが、「1967年10月15日、人をだました心が自分をも裏切って、嘘の自白をした」ということですが、10日に逮捕されて、15日まで5日間取調べを受けたんですね。最初は勿論否認しましたよね。
桜井:勿論です。「やっていない」のが事実ですから、「やってない」と言い続けました。
村井:「自白」をした経緯を少しお話しいただけますか。
桜井:よく皆さんの前で例えてお話しするのは、いがみあう夫婦喧嘩や、パワハラのように、圧倒的な力の差をもって、不利な状況に追い込まれることと同じだということです。防御もできない自分は、プロに殴り続けられる感じだし、頭ごなしに「お前が犯人だ、犯人だ」って言われ続ける。「これは大変なこと、苦痛なんですよ」って言っても、経験した者にしかわからないかもしれないですね。
おそらく親に理不尽に怒られたとしても、それは1時間や30分で終わりますよね。ところが朝の9時から夜中の12時頃まで、ずっとその逃げられない苦痛にさらされるんですよ。やっぱり逃げたい気持ちが強くなったときに、嘘の「自白」が生まれてしまうんですね。たぶん冤罪の人は皆このような境遇を経験します。
村井:その嘘の「自白」というのは、水を向けられるわけですね。
桜井:自分が「やっていない」と否認しても、「いやいや、お前と杉山だ。見た人がいるし、証拠がある。実際、布川に行ってるじゃないか」と、具体的なことを言われるんです。「じゃあ、違うんだったら、アリバイを言いなさい。アリバイが思い出せないなら、それが犯人の証拠だ」と追い詰められました。
村井:「杉山さんは自白したぞ」というように、切り違い尋問はされましたか。
桜井:それはね、早瀬さんって方は、「いや杉山は、杉山で言うんだから、お前はお前のこ
とを言え」って言うんです。「杉山はどうなんですか」って聞いても、「杉山は〜と言ってる」とは言いませんでした。でも嘘の「自白」をさせられた後は、「杉山はおまえが(首を絞めて殺した)と言ってるよ」って言ってきましたけどね。
村井:15日には「自白」したとされるのですが、その「自白」したときの気持ちはどのようなものでしたか。このとき嘘発見器にかけられたそうですが、その旨を事前に伝えられていましたか。
桜井:否応なしに嘘発見器にかけられて、「おまえが犯人だと出た」って言われた瞬間に、取調官の早瀬刑事は、何があっても自分に「やった」と言わせるつもりになったんだと気がついて、耐えていた心が折れました。早瀬刑事には「杉山は道路に立ってて、おまえは勝手口で被害者と話していたじゃないか、見た人がいる」って言われたんです。それに当時は、まさか警察が嘘をつくとは思っていなかったですから。
村井:すると、自分の話す「自白」内容が嘘であるにもかかわらず、「嘘」が「真実」だと思えてしまうんですね。その嘘発見器の結果は見ましたか。
桜井:いや、見せられていません。二瓶さんという鑑識課の人が、「よくわかりました。あとは取調べの方に説明して、理解していただきなさい」と言ったので、もうこれ以上苦しい取調べを受けなくて済むと安心したんですね。ところが、早瀬刑事は詭計を弄するのがうまい方で、「いやあ、おまえが犯人だと出ちゃったよ。俺にはおまえと同じ歳の息子がいて、ずっと犯人じゃなければいいと思っていたんだよ。だめだった」と言われた瞬間に、ポキッと心が折れました。
村井:それは違うでしょうと、抗議はしなかったんですか。
桜井:違いますなんて言う気力はもうありませんでした。嘘発見器の結果が出たって言われた以上反論できず、絶望して投げやりな気持ちになりました。二瓶さんは、嘘は言っていないという嘘発見器の結果を知っていたはずなんですよ。今にして思えば、早瀬刑事が嘘をついたのかもしれませんが、当時は何も考えられなかったんです。 |